いじめ総合対策【第3次】下巻_2025_2版
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(自作資料)僕のクラスでは、休み時間にドッジボールをするのが定番になっている。僕も毎日のようにみんなと校庭で遊んでいた。その日もあと少し、というところで休み時間終わりのチャイムが鳴り、僕たちはようやく昇降口へ向かって歩き出した。校庭にボールが残ったまま、だれも拾おうとしない。僕も面倒だなという気持ちが先に立って、つい見て見ぬふりをしていた。「だめじゃないか、片付けなきゃ。」そう言って、ボールを拾い上げたのは裕太だ。ドッジボールは特別強くはないけど、ボール遊びが好きで、いつも一緒に遊ぶメンバーだった。穏やかで親切な友達だ。その日は結局、裕太がボールを教室のボールかごに戻してくれていた。翌日もいい天気で、またみんなでドッジボールに熱中陽介がしていた。チャイムが鳴り、最後にボールを持っていた「裕太、ボールを教室へ持って行ってくれよ。おれ、ついでにプリントを取りに行くから。」と言ってボールをひょいと裕太に投げた。「ああ、いいよ。」裕太は笑顔でそう返して、また昨日のようにボールを片付けていた。そんな裕太の姿を見て、僕は(裕太らしいな。頼めば何でもやってくれるし。)と思い、気にも留めなかった。ドッジボールはグループ対抗になったり、時には隣のクラスと試合をしたりすることもある。毎日やるたびにみんながどんどん上達してきて、僕たちは夢中だった。でも最後にボールを片付けるのは面倒で、誰かがやればいいという気持ちだった。 一学期にクラスのボールが無くなって、使っていた僕たちは担任の先生に厳しく叱られたのだ。その時は、最後に持っていた人が片付けようということになった。しかし、リーダー格の陽介が、裕太に頼むようになってから、いつの間にか、ボールを片付けるのは、裕太の仕事のようになっていた。最後にボールをキャッチしたのが僕の時も、つい「裕太、頼むわ。」に、他の友達とふざけながら教室に戻るようになっていと、裕太に渡して、自分は何事もなかったかのようた。ボールは校庭の砂を落としてから、教室へ運ばなくてはならない決まりがある。裕太はその手間で、教室に戻るのが一人だけ、時間がギリギリになってしまう。その様子を見かねたさつきが、「どうしていつも裕太がボールを片付けているのよ。みんなで順番にやりなさいよ。」と僕らに向かって言ってきた。「いやいや、すすんでみんなのために働いてくれているんですよ。ね、裕太君。」と、陽介がおどけた調子で言った。その様子がおかしくて、僕もみんなも、どっと笑った。僕はふと裕太を見た。一緒に笑っているかと思っていた裕太は、うつむき加減で厳しい表情をしていた。その顔を見て、僕は一瞬どきんとした。次の日の休み時間、みんなはまたドッジボールに夢中だった。その日は、いつもよりも人数が増え、さらに盛り上がっていた。休み時間終わりのチャイムが鳴り、「おい、裕太、あれっ?」手にボールを持っていた陽介が、いつものように裕太を呼んで、いないことに気が付いた。僕は一瞬、昨日の裕太の表情を思い出した。「ちえっ、あいついないのか。」陽介は、そのボールを僕たちの方に向かって投げ、昇降口の方へ歩き出そうとした。誰も拾おうとしなかったボールが校庭に転がった。「ちょっと待って。」をして、立ち止まった。さつきの鋭い声が響いた。陽介はびっくりしたような顔「ねえ陽介、陽介だけじゃないよね。みんな、いつもボールを裕太だけに片付けさせているでしょ。それがどういうことか、考えたことある?ボールに参加していないのは何でだと思う?」僕は自分に言われているようで、心にその声が突き刺さったような気がした。「こんなのいじめだよ。絶対やっちゃいけない。」さつきは吐き捨てるように言うと、校庭に残されたボールを拾った。そして、友達と一緒に昇降口の方へ歩いて行ってしまった。『いじめ』さつきが言った言葉が重くのしかかってきた。僕はちらっと陽介を見た。「いじめって…?いや、俺たち、そんなつもりじゃ…。」さつきに言われた陽介は、複雑な顔をして、立ちすくんだままだった。僕も他のみんなも、今まで自分たちがやってきたことについて、考え始めた。僕たちの足取りは重かった。東京都教育委員会「人権教育プログラム」(令和五年三月)裕太が今日、ドッジ残されたボール2525第3部第3部いじめをしない、させない、許さないための意識の醸成互いの個性の理解規範意識の醸成保護者プログラム望ましい人間関係の構築いじめ問題への対応事例教員研修プログラム地域プログラムいじめをしない、させない、許さないための意識の醸成 (1) 自己存在感の感受 自分が役割を果たしているかどうかや、いじめかもしれないと思うような場面を見たときにどうするかを考え、そのことを友達に伝え、その考えが認められるようにする。(2) 共感的な人間関係の育成 自分と異なる思いや考えを大切にし、互いに理解しようとする。(3) 自己決定の場の提供 自分がもしかしたらいじめなのかもしれないと思うような場面を見たときどうするかを考え、伝える場面を設定する。(4) 安全・安心な風土の醸成 一人一人が考えたことを大切にしながら話合いを進めるよう確認し、児童が安心して学習に取り組むことができるようにする。教材文生徒指導の実践上の視点

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